●はじまりは?
1893年(明治26年)、愛知県から8戸22名が北海道開拓の志を抱いて当地に入植。その後移住が進み「愛知」集落が作られました。入植後は稲作に取り組みましたが、あたりに水源はなく、鰔沼(うぐいぬま)の水が農業用として重要な役割を果たしたのです。現在は使用されていないものの、町内会が管理を続け、歴史を伝承する地域のシンボルとして景観整備に努めています。
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愛知のシンボルとなっている鰔沼 |
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●おもな活動
面積約3.3平方キロメートルの鰔沼には、大小10数個の浮島が点在することから、「浮島公園」と呼ばれています。町内会では野鳥やホタルなどが生息する環境を維持するため、最小限にとどめた範囲での草刈り、排水路や遊歩道、四阿(あずまや)の整備を行っています。
1975年には、浮島に伝わる龍神伝説を基にした「浮島龍神太鼓保存会」が農業後継者の手で設立され、北檜山の郷土芸能として町内外で活躍。また、1967年に青年会の有志が「杉の子林業グループ」を結成。部落有林に青年の山を造り、天然林を生かした生産と研究をはじめ、鰔沼周辺の樹木に学名・俗名の札を設置したり、間伐材を使った遊歩道づくりなどの活動を実践しています。そのほか、6月第4日曜に「浮島まつり」を開催し、特産品販売などが好評を得ています。 |
町内会による草刈り |
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