●はじまりは?
1984年、当麻町農協青年部は減反が進み農業経営が厳しいことから、コメに代わる新たな農産物を作ろうと模索を始めました。その中で、当時はめずらしい黒皮のスイカ「タヒチ」を特産物にできないかと考え、「そ菜研究会でんすけ部会」が結成され、研究に着手。栽培されたスイカは、商品名を「でんすけすいか」と決定。これは、喜劇俳優・大宮敏光さんの舞台名「でんすけ」の人気にあやかりたい、コメに代わって「田を助け」てほしい(田助)という2つの願いが込められています。
|
選別施設の様子 |
|
●おもな活動
高品質のスイカを栽培するため、有機肥料での栽培、ミツバチによる自然交配など、栽培方法を統一しています。スイカの糖度や空洞の有無など判定する機械も取り入れ、糖度11度以下のものや空洞のあるものは一切出荷しないと決め、もし闇販売を行うと部会から除外されます。こうした厳しい基準が高い品質を維持し、確かなブランドとして育っていきました。
1991年には「でんすけすいか」をイメージした赤と黒のパッケージを作り、高級感を高めました。その結果、贈答用としても売れ始め、通常のスイカの倍以上の値段で取り引きされるようになります。
また、製菓会社に「でんすけすいか」を使った加工品の製造を依頼し、「でんすけすいかピュアゼリー」が誕生。町の顔としてますます全国にその名が広がっています。
|
木箱入りは、市内の卸売市場で初セリ1玉15万円の高値が付けられた |
|
|